現場目線の改革がもたらした トヨタ田原工場のDX推進の歩み

トヨタ自動車(株)
生産本部田原工場エンジン製造部 グループ長
吉田 保正 氏

Factory Innovation Week 事務局 RX Japan
2023年6月22日

9月に開催が迫る「Factory Innovation Week 秋2023」。今回は併催カンファレンスにご登壇いただくトヨタ自動車(株)生産本部 田原工場エンジン製造部 グループ長 吉田 保正氏のインタビューをお届けします。トヨタ自動車のDXや市民開発の取り組みについて、DXを推進するにあたっての苦労話や現場目線の開発がもたらすメリットなどについて、興味深いお話をたくさんお聞きました。

トヨタ自動車(株)入社から現在に至るまで

ー  まず最初に、吉田さんのこれまでのご経歴と、現在担当されているお仕事のミッションをお聞かせください。

吉田  トヨタ自動車(株)田原工場の吉田と申します。
私は、もともとは電気分野が好きで、大学も電気系の工学の方に進みました。その頃はプログラムがおもしろく感じていたりしたので、入社してからもプログラムに触れる機会はあるのかなと思っていたのですが、配属になったのは機械系職場でしたので、プログラミングからは遠ざかっていました。
ところが、2021年3月に当時のトヨタ自動車の社長(現会長)である豊田章男から「『デジタル』について、この 3 年間で世界のトップ企業と肩を並べるレベルまで一気にもっていきたい」という発言があり、そこから社内でDX(デジタルトランスフォーメーション)化が加速しだしたんです。その一環として「市民開発」も盛んになり、私にとってもアプリの開発を通してプログラミングに触れる機会が出来たりして、今少し懐かしさを覚えているというような状況です。

ー  ある意味入社当時イメージしていたことが、今になって実現しているようなご状況なのですね。

「手段としてのデジタル」

ー  現在の吉田さんのミッションは、社内の市民開発によってDXを進めていくということなのでしょうか。

吉田  私たちの職場のミッションは、やはり「モノをつくりお客様に幸せをお届けする」というところにあり、
あくまで「デジタルは目的ではなく手段」だと思います。
トヨタ自動車のモノづくりというと「カイゼン」という言葉をイメージされる方も多いと思うんですが、市民開発やデジタル化も、カイゼンを行うための一つの効率的な手段だと思っています。「従来の手法とは少し異なったおもしろい改善ができるツール。」そんな位置づけです。

ー  「デジタルは手段でしかない」というのはまさにおっしゃる通りですね。

 

DX推進に、社員たちの反応は?

ー 社内のデジタル化を進めるにあたって、今までのやり方で満足していた方々から反発が起きてなかなか進まないというお話を聞くのですが、吉田さんの周囲ではそのようなことはありませんでしたか。

吉田  これに対しては答えを2つ用意させていただきたいです。
1つ目は、私たちトヨタ自動車の人間は、現状を維持することよりもより良く変えていくという意識を常に持っているということです。それは豊田章男が「ベターベターの精神」とよく申し上げている通りです。今の標準から改善するために、現状を疑問視するところから始めます。私たちは「今の状態であり続けること」に対してはこだわりを持ってはいません。
2つ目は、一方で、デジタルに対する抵抗感や苦手意識といったネガティブな側面が無かった訳ではありません。「何をすれば良いのかわからない」そんな声はありました。だからそこに関しては、全員が同じ方向を向いているわけではなく、私も含めて何かできるはずと思っている人たちが動いていくことで、結果さえ出れば後からついてきてくれるだろうと思いながらやっていました。

ー  吉田さんを始めとした一部の方々が、全体を牽引するような動きをしっかりとされた結果ということなのですね。

DXの普及には地道な働きかけが必要不可欠

ー  吉田さんは、社内のデジタル化に取り組むにあたり、まずはどのようなところに着目したのでしょうか?

吉田  今の世の中、誰もがスマホを日常のいろいろな場面で活用されていますが、会社の中で配られた当初は、メールとスケジューラ程度しか使えていませんでした。もったいないなと思っており、折角なら工場のメンバーにスマホを使って何か仕事をしてもらいたいというイメージがありました。
モノづくりをしている関係上データ分析は常にしていたので、まずはMicrosoftのPower BI(※Microsoftが提供するビジネス・インテリジェンスツール)にデータを突っ込んでみたらやっぱりおもしろくて、絶対にこれは使えるだろうなという確信が持てたんです。

ー  吉田さんみたいに、まず触ってみて「絶対使えるはずだ」って確信を持っておもしろいと感じられる人がいないと、新しいソリューションはなかなか浸透していかないですよね。

吉田  そう思います。だから結構初期の頃から、スマホに Power BI を入れ、いろいろなデータを持ち歩いて、ことあるごとに人に見せるということをやっていました。

ー  「それいいじゃないですか」ってなって、だんだん広まっていったという感じなのですね。

吉田  かつては「机に戻ってからデータをお送りします」という流れが普通だったので、Power BIを導入し始めた頃は、その場でデータをスッと見せてびっくりさせるみたいなこともしていました。
Power Appsで作ったアプリも同様です。

ー  そんなふうに、先進的に取り組んでいた方々が、職場全体にDXを普及させていったのですね。9月にご登壇いただくカンファレンスでは、そのあたりのことを含めてお話いただけるのでしょうか。

吉田  はい、そのつもりです。

カンファレンスに込める想いとは…

ー  ここからはカンファレンスについてお聞きしたいと思うのですが、まず最初に、なぜ今回ご登壇をお引き受けいただいたのでしょうか。

吉田  市民開発のような文化は、最近増えてきたという印象は持っているものの、まだまだ少ないと思うんですね。私たちも、ネットや講演などで実践している人たちの話を聞いて、彼らからノウハウを吸収しようと動いていた時期もありました。そんな中、彼らから受け取ったものって、一つは勇気だったんですよね。当然使い方とかアイデアもそうなんですけど、こんなおもしろいことをやっている人がいるなら「僕もやりたい」というふうに思えたことが大きかったんです。
そういう先人たちの声って間違いなく参考になると思っているので、これからはじめようとされている方や、やってみて壁にぶつかって悩まれている方などに、少しでも恩送りができればいいなと思ってお引き受けしました。かつて私に語ってくれた人たちと同じようなことができるかどうかはわからないですが、できたらいいなと思って伝えさせていただきます。

ー  素敵な想いをお聞かせいただいてありがとうございます。講演がますます楽しみになってきました。

カンファレンス内容について

ー  では、次にカンファレンスの概要をお聞かせいただけますか。

吉田  トヨタ自動車において、工場の現場のメンバーは日頃コンピューターを使って仕事をしているかというと、そうではないんですね。そんな彼らが人から与えられたものではなく自分たちでデジタルの文化を作ってみたらどんなことができるのかなってことを、私たちは模索しています。
今の私たちの取組みや成果が正解なのかどうかはわからないですが、とにかく模索して何かの形を作りたいと思って実践しています。そうこうしている中で、なんとなくそれっぽいものが形づくられてきているので、カンファレンスではそのあたりをご紹介させていただこうと思っています。
DXなんてレベルの域にはまだまだたどり着けていないですが、弊社には生き生きと取り組んでいる市民開発者たちがたくさんいるので、私だけでなく彼らが語る動画なども用意して、生の情報をご紹介する予定です。

ー  生の声まで聞けるんですね。ますますワクワクしてきました。

DX推進、まずは何から取り組むべき?

ー  ご参加される方の多くが製造業の方々で、その中でも「DXに取り組みたいけれども何からはじめればいいのかわからない」という方がほとんどだと思うのですが、吉田さんとしてはまず何からはじめればいいと思われますか。

吉田  なかなか難しい質問ですね。
でも、私の中では「なんでもいいから動いてみましょうよ」ってことが一番大切なのではないかと思っています。
おそらく展示会場にも様々な企業様が提供するローコード/ノーコードの製品があると思うので、ぜひそういうものに関心を持って、まずは使ってみたいと思うものを試してみることをおすすめしたいですね。また、実際にそれらの製品を使ってみたら、実感を持ってわかっていただけるとも確信しています。
よくベンダーさんから与えられるシステムより内製がよいとも言われますよね。さらに内製の中でも一番実務を知っている実務者が動くのが最も理にかなっていると思います。私は複合機メーカー様や鉄道会社様、呉服屋さんや学習塾の方のDXの話も聴いたことがあるんですが、その感覚は共通です。だから、これは製造業に限った話ではないとも感じています。実務者の中に「自分の仕事をデジタルで変えてみる」という感覚を持った人が一人でもいたら、とにかく何か試してみてほしいと思うんです。

ー  吉田さんは普段から、いろいろな業界の方々のお話を聞き、情報収集をされているのですね。

吉田  何をやっていいのかわからなかったから、とにかくいろんな方の話を聴きたかったんです。(笑) 

ー  そのようにあらゆるところから情報を集め、なんでもやってみようという意欲や向上心が大事だということですね。

田原工場のカーボンニュートラルへの取り組み

ー  今後、DXもそうですけど、カーボンニュートラルも社会全体での重要さを増してくると思うのですが、今吉田さんがいらっしゃる田原工場では、何か対策を進めたり模索したりされているのでしょうか。

吉田  実は、私の業務の半分はDX、半分は環境なんです。トヨタ自動車の中で私が所属している田原工場は、ロケーションの特色を活かし、地域と連携しての風力発電など再生可能エネルギーの導入を進めております。
あとは細かいところですが、工場で働く全員がカーボンニュートラルを正しく理解して行動する、一人ひとりが、小さい電気、エアーを大切に使うことを積み重ねていく、そういった意識の改善は年々高まっていると思います。

ー  まずは省エネというところも大切ですからね。では、ゆくゆくは風力発電や他の再生エネルギーをつかってカーボンニュートラルを達成するというビジョンをお持ちなのですね。

 

本日はDXからカーボンニュートラルまで幅広いお話を聞かせていただきありがとうございました。
9月14日(木)のセミナーも楽しみにしております。

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